研究系及び研究施設の現状 93
3-3 分子構造研究系
分子構造学第一研究部門
岡 本 裕 巳(教授)
A -1)専門領域:分子分光学
A -2)研究課題:
a) 超高速赤外分光法による分子内電荷移動励起種の構造・ダイナミクスに関する研究 b)近接場光学的手法による超高時間空間分解分光システムの構築
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 光励起によって生成した短寿命励起種の分子構造を探るには,現時点では過渡振動スペクトル(赤外・ラマン)が最 も有効と考えられる。我々はピコ秒領域の指紋領域(波数1700-900 cm
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)の赤外吸収分光法を用いて,4-ジメチルア ミノベンゾニトリル(D MA B N)を典型例とする分子内電荷移動(IC T )励起状態に関して,構造とダイナミクスの研 究を行った。またそれと密接 な関りを持つ局在励起( L E )状態および基底電子状態に 関しても詳細に検討した。 D MA B N については中垣良一教授(金沢大),K laas Z achariasse 博士(マックスプランク研究所)の協力を得て種々の 同位体置換体の測定を行った。その結果から,DMA B NがIC T 状態でベンゼノイド型とキノイド型の両方の電子構造 の寄与を含むこと,Ph−NMe2結合は単結合的であることを示した。またL E 状態についても赤外吸収スペクトルを 測定し,他の研究グループによって以前に報告されていたスペクトルの誤りや,量子化学計算結果の問題点等が明 らかとなった。また D MA B N とベンゾニトリル部位の構造は同一で,電子供与性基が異なる 4- ピロロベンゾニトリ ル( PB N)の IC T 状態についても測定を行った。PB N と D MA B N の IC T 状態のスペクトルは,ベンゾニトリル部位の 振動バンドについて共通性が高いことが明らかとなった。これらの結果は,数十年間未解決の問題となっているIC T 状態の構造を議論する上でのマイルストーンとなるものと考えている。
b)分子・分子集団におけるナノメートルスケールの空間的挙動と(超)高速ダイナミクスを探るための,近接場時間分 解分光装置の製作を行った。近接場光学顕微鏡は光ファイバプローブを用いたシアーフォース制御方式の市販装置 のパーツを購入して利用し,これにフェムト秒T i:Sapphireレーザーおよび分光器,光学系等を追加した。現在装置の 基本性能を知るためにテスト試料の測定を行っている。測定モードは近接場光による照射・集光が保証されるイル ミネーション・コレクション(IC )モードを基本としているが,他のモードが可能なように改造することは容易であ る。空間分解能については,100 nmオーダーの空間分解能が近接場光学像により得られている。時間分解測定は,蛍 光検出2光子吸収を用いた時間分解吸収相関法で行った。半導体(GaA s)結晶試料を用いて,200 fs程度の時間分解 能で測定が可能であることを確認しており,また実際に 50 ps 程度の緩和を観測した。
B -1) 学術論文
H. OKAMOTO, H. INISHI, Y. NAKAMURA, S. KOHTANI and R. NAKAGAKI, “Picosecond infrared spectra of isotope- substituted 4-(dimethylamino)benzonitriles and molecular structure of the charge-transfer singlet excited state,” J. Phys. Chem. A 105, 4182 (2001).
94 研究系及び研究施設の現状 B -4) 招待講演
H. OKAMOTO, “Picosecond infrared spectra (1700–900 cm–1) and structures of intramolecular charge-transfer excited states: 4-(dimethylamino)benzonitrile and related compounds,” The Tenth International Conference on Time-Resolved Vibrational Spectroscopy, Okazaki (Japan), May 2001.
B -5) 受賞、表彰
岡本裕巳 , 光科学技術研究振興財団研究者表彰 (1994). 岡本裕巳 , 分子科学研究奨励森野基金 (1999).
B -6) 学会および社会的活動 学協会役員、委員
日本化学会トピックス小委員会委員 (1993-1996). 日本分光学会編集委員 (1993-2001).
日本分光学会東海支部幹事 (2001- ). 学会の組織委員
The International Symposium on New Developments in Ultrafast Time-Resolved Vibrational Spectroscopy (Tokyo), Organizing Committee (1995).
The Tenth International Conference on Time-Resolved Vibrational Spectroscopy (Okazaki), Local Executive Committee (2001).
B -7) 他大学での講義、客員
お茶の水女子大学大学院理学系研究科 , 「構造化学」, 1996年 12月 . 立教大学大学院理学系研究科 , 「構造化学特論1」, 1997 年 4月 -9 月 .
お茶の水女子大学大学院理学系研究科 , 「分子集合体物性論」, 1999年 6 月 -7 月 . 立教大学大学院理学系研究科 , 「構造化学特論1」, 1999 年 4月 -9 月 .
東京大学教養学部 , 「物性化学」, 2000年 4 月 -9月 .
立教大学大学院理学系研究科 , 「構造化学特論1」, 2001 年 4月 -9 月 .
C ) 研究活動の課題と展望
上記の研究活動の内 a)は,主として着任前の研究課題の継続である。これについては,個別の問題にはまだ十分解決でき ていない点(IC T 状態のD MA B Nの構造を現時点で完全に明らかにできていないこと等)もあるものの,所期の目的を達す ることはできたと考えている。この研究活動には本年度前半をもって一旦区切りをつけることとしたい。本年度からはこれまで の超高速分光の蓄積の上に,新しい研究の方向 b),即ち時間と空間の双方を分解した分子分光法を開発し,より直接的に ミクロスコピック・メソスコピックな挙動を観測するプロジェクトを開始した。これについては,漸く基本装置の開発が開始で きた段階であり,次年度からの課題は当然のことながら山積している。ここでその詳細を述べることはできないが,大きな研 究の方向づけとしては例えば以下のような計画を持っている。装置の上では,現在開発中のものを発展させていくこと以外 に,将来的にはプローブの絶対位置再現性を高めた装置等を開発し,現有の装置では直接的な観測が不可能な現象の観
研究系及び研究施設の現状 95 測を行いたい。またファーフィールドの新たな利用法も視野に入れて行きたい。研究対象としては,構造の制御された分子集 団におけるエネルギー・物質移動を直接的にとらえる試み等を行いたい。また液相の分子科学に顕微の考えを持ち込むこ とを計画している。